子どもにも本当のことを話してみると

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

「子どもにも、末期ガンだということを話された方がいいですよ」と言ってから、1か月が経ったある日、訪問診療に行くと、小学生の娘さんが私の顔を見てお辞儀をしてくれました。
それを見た奥さんは「先生、長男に本当のことを話したら下の娘にも伝わって、子どもたちの様子がすっかり変わったんです。積極的に夫に話しかけたり、山や川での遊び方を教えてもらったり、トイレ介助に肩を貸してくれたりするんですよ」
と嬉しそうに話してくれました。

初診では表情の硬かった吉永さんも、表情が少し和らいでいました。
退院してから2か月後のことでした。
吉永さんが奥さんに言いました。
「病院では何もすることがなくて退屈だった。家では気ままに過ごせるし、家族の顔を見られるからうれしい。歩けなくなったけど、痛みがないからこのまま家にいられるかなあ。介護はしなくていいから、お前は仕事に行ってほしい」
その言葉を聞いた私は、奥さんに言ったのです。
「奥さんが仕事に行かないと、ご主人はまた入院してしまうよ」

そして春休みの最期の日、奥さんが昼食をつくりに仕事場から自宅に戻り、家族がそろった時でした。
幼い子どもが見守る中、吉永さんは旅立たれました。

1週間後、奥さんがこんなことを語りました。
「家で看取ってあげられて本当に良かった。自分の身体を通して子どもたちに、人はこうやって”命のろうそく”をだんだん小さくしていくのだと、教えてくれた気がします」

その後、お手伝いをしてくれた大塚医師は私にこんなことを語りました。
「学校では生きることばかりを教え、死を扱わない。死を体験することで、命の大切さがわかるのに。在宅医療はいいですね。小笠原先生、また教えてください」