失ったものを嘆かず、残っている部分に感謝

「死に方」は「生き方」 中村仁一

人体の諸機能は、時間の経過とともに、少しずつ衰えていくのが自然というものですが、人はどうしても「今日も昨日のごとくあれ」と願ってしまうものです。
75歳とか80歳になった人が、最近、息切れがひどくて困っている、何とか治してほしいと診察に来られます。
よく伺ってみると、10年前には15分で行けたものが、今は途中で一休みして、その上30分もかかってしまう、何とか早く歩こうとすると息切れがして、苦しくなって仕方がない、もう一度昔のように15分で歩きたい、とこういうわけなのです。

気だけは若いつもりでも、身体の方がついていかない現実を認めたくない結果なのです。
過ぎた昔をもう一度、以前のようにと過去にこだわるのをやめ、15分で歩けなくなったのを嘆くのではなく、たとえ一休みして30分かかろうと、まだ誰の手も借りずに歩けることはありがたいことだと視点を変えれば、気持ちの負担はずっと軽くなるはずです。

過ぎた昔が取り戻せるわけではありませんから、過去と比べるのは意味がありませんし、入れ替われるわけでもありませんから、他人と比較して思い悩むのも無意味なのです。
「欠けた歯を惜しまず、残った歯を喜び、抜けた頭髪を憂えず、いまだに生えている髪を数える」精神です。
つまり、衰えたもの、失ったものを嘆くのではなく、残っている部分に感謝して、これを十二分に活用するという、肯定の人生観で生きていきましょうということです。