なんとめでたいご臨終 小笠原文雄
「入院するくらいなら、腰の痛みの原因はわからなくてもいい、痛みだけ取ってください」河合さんはそう言います。
仕方なく痛み止めを使いましたが効きません。
「河合さん、いろんな痛み止めを使ったけれど、全く効果がないよね。急性疼痛の原因はいろいろあるけど、がんが骨に転移しているから痛みが取れないんだと思うよ。でも、がんという病名があれば、モルヒネが使えて痛みもとれるよ。病院でCTを撮ってもらえれば分かるから病院に行かないとだめだよ」
河合さんが病院で検査をすると案の定、がんは骨盤に転移していました。
「全身の検査をしましょう」という病院の医師に対し、河合さんは「家に帰りたい」とかたくなに拒否しました。
河合さんは、モルヒネの使える「がん」というお墨付きが欲しかっただけです。
検査しようという気持ちなど、さらさらありません。
河合さんが即日退院したという連絡を受け、訪問診療に行った私は、開口一番言いました。
「がんでよかったねえ。これで痛みもとれるよ」
「うん、がんでよかった」
末期がんと診断されてからの河合さんは、モルヒネによって痛みが取れて笑顔が戻り、「やっぱり家がいいねえ。お仏壇もあるしね」と言いました。
一人暮らしの患者さんが自宅で最期まで穏やかに過ごすためには、痛みを取ること、痛みへの不安を取ること、安心できること、これらが一番大切なのです。