なぜ神さまを老人の表情で表現しようとしたのか

日本人の生老病死 山折哲雄

ほとんどの人が老人は弱者だという前提で話をし、弱者であるから救済すべき対象なんだという社会福祉的な考え方をします。
しかし、日本の伝統の中には、老人こそがむしろ尊敬すべき、人間の理想的な在り方なんだという考え方が豊富に伝えられています。
それを象徴しているのが「翁」という言葉ですね。

古事記や日本書紀を見ると、神さまがこの地上に姿を現すときはだいたい老人の姿をしているんです。
仏教の仏さんは、釈迦如来にしても阿弥陀如来にしても、成年のような若々しい姿をしているのに、神々の表現は、だいたい老人なんです。
なぜ日本人は神さまを老人の表情で表現しようとしたのでしょうか。
文献を読みますと、人間は死んで神になるという信仰が非常に古い時代から存在していたのです。
死んだ人間の魂がその遺体から抜け出て、山の高い方に登っていくという信仰です。
死者は山に登る、そして月日が経つことによって、その山の神になる。
つまり人間は死ぬと神になるんですよ。
すると、人間の一生の中で一番神に近い段階は老人ですから、老人を自然に尊敬するようになる。
そのために、神さまを絵に描いたり、彫刻に刻んだりするときに、その表情を老人の姿にしたのだと思います。