ちょっと前までは人生50年時代

日本人の生老病死 山折哲雄

70歳を過ぎたころから私、時々天の声が聞こえるようになりました。
突然上の方から「お前は死ねるか」といった声が聞こえてくるんです。
自分の心の内が天から聞こえてくる、ということだろうと思うのですが、そのとき「今なら死ねる」と答えることがあります。
しかし、ほとんどの場合は「まだ駄目だ」という声が、心の奥底から突き上げてきます。

われわれ日本人は、20~30年前までは人生50年と、漠然と考えていたような気がします。
ところが、あっという間に人生80年になってしまった。
この落差というのは非常に大きいですね。
人生50年というのは、随分長い間続いた考え方だと思います。
織田信長が本能寺の変で、自刃するときに舞った幸若舞に出てくる文句が「人間50年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり」
つまり、人生50年というのは信長の時代から今日まで、ほぼ4~500年続いているわけですよ。

それを私なりに考えますと、働きづめに働いて、気がついたらもう目の前に死が迫っていた、こういう人生だと思いますね。
ですから人生50年の時代の人生観の基本は、死と生からなる二元的な死生観といってもいいかもしれない。
ところが、人生80年になった我々の時代は、定年の先にまだ20~30年の長い人生が横たわっています。
人生80年というのは、病気と老いと死がゆっくりやってくる時代になったということです。
そうすると我々は、老病死をじっくりと見つめていかなければならない。
そして、そのような人生の後半をどう生きるのかが最大の問題になってきたのだと思います。