ことばのご馳走 金平敬之助
弘中さんは上司なのに「弘中さん」と「さん付け」で呼べる人でした。
「まだ帰らないの? 女性はみんな帰ったよ」と弘中さんの声がしました。
「クリスマスなのにつまらなくて・・・」とつぶやくと、「クリスマスツリーを見に行こうか」と弘中さんはポンと背中を叩きました。
「奥さんが待っているんじゃないですか。クリスマスなんですから・・・」
「いいから、いいから」
中ノ島から梅田茶屋町のアプローズ・タワーまで歩くこと30分。
寒かった、すごく寒かった。
そこには、大きなもみの木にいっぱいの飾りをつけて絵本に出てくるようなツリーがありました。
弘中さんとここに来て、やるせなかった24日がクリスマスに変わりました。
翌年4月、弘中さんは転勤になりました。
その時の寄せ書きに「今年もクリスマスツリーを見に行きましょうね」と書きました。
夏に弘中さんは体調を崩して入院し、クリスマスになっても病院の中でした。
そして、春を待たずに逝ってしまいました・・・。