寿命が尽きる2年前 日下部羊
私の父は87歳で誤嚥性肺炎で亡くなりました。
肺炎を起こしたのは亡くなる前日ですから、ほぼ老衰といっていいでしょう。
ちょうど2年前に前立腺がんが見つかり、父は「これで長生きせんでもすみますな」と嬉しそうに言って、ショックのあまり頭がおかしくなったのではと疑われました。
父は決して正気を失ったわけではなく、80代に入ってから、90歳を超えるような長生きをしたら、大変なことになると怯えていたので、治療さえしなければ2~3年で死ねるがんが見つかって、心から喜んだのでした。
父が長生きを恐れたのは、医者として長生きをしすぎて苦しむ多くの人を見てきたからです。
前立腺がんの診断を受けてからは、手術はもちろん、抗がん剤の治療もせずに、自由に気ままな生活を送っていました。
インシュリンの自己注射をするほど重度の糖尿病患者でありながら、カロリー制限などどこ吹く風で、コーヒーには必ず砂糖をスプーン3杯入れ、ケーキに饅頭に羊羹と、甘いものも食べ放題でした。
アルコールはほとんど飲みませんでしたが、タバコは吸いたいだけ吸っていました。
運動は嫌いで、散歩はよくしていましたが、それは健康のためではなく、楽しむためにしているのでした。
当然身体は徐々に弱ってきます。
それを父は「順調な経過や」と言っていました。
「飛行機は徐々に高度を下げるから、ソフトランディングするんや。老化で体が弱るのも、死に向けてソフトランディングするための準備や。それを点滴や薬で無理に持ち上げてると、きりもみ状態で墜落する」とも言っていました。