いのちを愛ずる 中村桂子
私たちの体をつくっている60兆個の細胞の中の、たった1つの細胞の遺伝子が少し変化してとても分裂しやすい細胞に変わる、これをがん細胞と呼びます。
このたった1つの細胞は元気よく増え続けます。
もちろん私たちの体の中では、他の細胞も増えているんです。
例えばお酒を飲むと、肝臓の細胞はアルコールで少し痛めつけられて、中には死んでしまう細胞もいます。
そうすると、肝臓の細胞が分裂して、また新しく増えていきます。
けれども、普通の細胞の場合は、もとと同じくらいの大きさになると、「これくらいで、もう止まらなきゃいけないな」というふうに思うのです。
けがをして傷がつくと、皮膚の細胞は分裂して、どんどん増えてその傷を治します。
けれども、傷が治れば細胞分裂は止まります。
細胞たちは、いつも外からの情報に耳を傾けているのです。
細胞の外側には、受容体と呼ばれるものがあって、それが外からの情報を受けるんですね。
肝臓にしても、皮膚にしても、ちょうど元と同じところまでくると「こうこれ以上増えなくてもいいよ」という情報がやってきます。
すると、その細胞は増えるのをやめるわけです。
ところががん細胞は、受容体がうまく働かなくなっています。
だから、外から「増えなくてもいいんだよ」という情報が来ても、それを受け止める能力がないので、どんどん増えて行ってしまうのです。