がんと闘いすぎてはいけない

私はガンで死にたい 小野寺時夫

人生最後の数か月から半年という短い期間を、苦痛に耐えながら手術、抗がん剤治療、あるいは民間療法や免疫療法に費やしてしまい、死に近づいてからホスピスに入院してくる患者さんが大勢います。
私は治療の連続で苦しんだ上に、短い貴重な時間を失った人に出会うたび、治療受け入れたのは自己責任だとはいえ、同情に堪えない気持ちになります。

多発転移がある場合は、治療で延命できることが皆無ではないかもしれませんが、延命効果を期待できないことがほとんどです。
治療による苦痛を免れることはできず、最終的には助かることはなく、奇跡が起こることもありません。
人は、大きな宇宙からすれば「超ミクロ」の惑星である地球上に、さらに「超ミクロ」の生命体として、ほとんど束の間の「生」を享受しているだけで、例外なく元の宇宙の物質に戻らなければならないという大自然の摂理に支配されています。

がんの本質をよくよく考えると、人があまり長生きしないための自然の摂理の一現象とも考えられるのです。
その意味では、高度進行がんを治療しようとするのは、自然現象に逆らうことかもしれません。

誰もがこの素晴らしい世界から永久に消え去ることが残念でならず、延命の可能性が少しでもあるなら苦しい治療も我慢して受けようとするのが自然な気持ちでしょう。
それでも外科医、ホスピス医として多くの人の死に立ち会ってきた私からすると、がんになってどういう経過を辿って死に至るかは、人の力の及ばない運命によって決まるとしか思えません。

やりすぎの手術は苦しみや危険を伴い、抗がん剤治療は苦しい副作用に耐えなくてはならず、遺された貴重な人生を苦しんで過ごすことになる可能性が高いのです。