3030年の火鉢

人のご縁ででっかく生きろ 中村文昭

屋久島で工房を構えていらっしゃる職人さんで、日高岳南さんという方がいらっしゃいます。
ロッジ風の工房には飾り気がなく、庭には巨大な屋久杉が、乾かすために置いてあります。
二階建て工房にびっしりと並べられた作品の数々を見ると、僕はその素晴らしさにすっかり夢中になってしまいました。
中でも1つ、特に僕の目をひく作品がありました。
火鉢です。
じっと眺めていると、岳南さんがぽつりといいました。
「おお、それが気に入ったか。樹齢3,000年、他のとは一味違う」
さらりと3,000年といわれ、僕は仰天しました。

「あんたも山で縄文杉を見てきたんだから、3,000年のものなら、もっと太いはずだと思うやろ。この杉はなあ、土の上にしっかり根を張って育ったんやない。たまたま大きな花崗岩の上に生まれ落ちたんや。土がないんやから、成長不良で育ちそうもない所だ。それでも、この屋久杉は養分が吸えん苦しい中で、細かい根を何本も何本も岩の表面や隙間に張り巡らせ、やっとの思いで水脈にたどり着き、岩を抱きかかえるようにして生きのびてきた。こいつは、どの屋久杉も目が詰まっていい味出しているやろ。他の木を羨ましいなあと感じながら悩んで、苦しみぬいて、それでも一生懸命大きくなったんやからな」

岳南さんの話しを聞いて、僕はますますその火鉢にほれ込みました。
「じゃあ、この火鉢は3,000年ものなんですねえ」僕は、感動して呟きました。
「まあそうだが、俺が拾ってから仕上げるまでに30年かかっている」
岳南さんが当たり前のように言うのを聞いて、僕は度肝を抜かれました。
「えらい時間をかけているんですね、30年もですか」
僕が言うと「3,000年の屋久杉に向かい合ったら、30年なんてほんの一瞬だ。 この倒木をもらい受けて、じっくり乾かして25年経った頃、おーい、岳南。そろそろ手をかけてくれよと、木の方から語りかけてきた。それで磨き始めて5年経つ、それがこの火鉢や」