2つのバースデー 3

あと15分で閉店。
一人店番をしている自分が少しみじめだった。
ドアガラスに自分の姿が映っている。
コック帽、”まゆ”と書かれた名札、さっきからぽつりと振り出した雨。

その時、カランコロンと店のドアが開く音。
「ああ、良かった。まだ開いているのよね?」
眼鏡をかけた白髪のご婦人が駆け込んできた。
私は「はい、やっていますよ!」と明るく答える。
おそらく今日最後のお客さんだろう。
「どれにしましょうかねえ・・」
ガラスケースには、モンブランとチョコケーキがいくつかある。
それと、私が作ったでっかい苺のショートケーキ。
ご夫人が言った。
「あら、かわいいケーキがあるじゃない」
それは、私が作ったケーキだ。
私は嬉しくなって思わず「それ、私が初めて作ったケーキなんです!」と言ってしまった。
「あら、そうだったの」ご婦人は私と目を合わせる。
「それは」素敵ねえ。今うちに孫娘が来ていてね、今日その子の誕生日なのよ」と言って、もう一度目を落とした。
「・・・でもこのケーキだと。二人で食べるにはちょっと大きいわねえ。残しちゃうのも悪いものね」
やっぱり、でかいのを作りすぎたか。
「ではチョコケーキかモンブランでも・・・」と言いかけたところで、不意にご婦人が手を打った。
「よし!決めたわ。この大きなショートケーキをくださいな」
「えっ、いいんですか?」私は驚いてたずねた。
「それでね、このケーキを半分に切っていただくことはできるかしら?」
「はい、もちろんです」
「それで誕生日のプレートを2枚用意していただきたいの}
「プレートを2枚ですね。かしこまりました。お名前はどうしましょう?」
「一枚はね”あきなちゃん”と書いてくださる?」
「もう一枚はどうしますか?」
ご婦人は一旦私の胸元に目を通す。そして
「”まゆちゃん”と」書いて下さる」と言った。
「”まゆ”ですか?」
「そう、あなたまゆちゃんでしょう?」
「あの・・・」私は戸惑う。「今日、誕生日じゃないですけど」
ご婦人の手が私の肩にそっとふれた。
「あら、今日は可愛らしいパティシエさんが誕生した日よ!」

私はほっぺたがじ~んと熱くなり、目の前がかすんで見えなくなった。