録音

ココロの架け橋 中野敏治

彼女は自宅でピアノを弾き、一晩でカセットテープに録音してきてくれたのです。
彼女からカセットテープを受け取りながら、「放課後の練習でこのカセットテープを使おうな」と声をかけました。
私は担当教科の授業がない時間に、職員室でそのカセットテープを聴いてみました。
伴奏のうまい彼女なら、あっという間に3つのパートを録音したのだろうと思っていたのですが、そのカセットテープから流れてきた音を聞き、驚きました。

そのカセットテープにはピアノの音だけでなく、彼女の言葉も入っていたのです。
カセットテープに入っていた彼女の声はひとり言のようでした。
彼女は、自分の言葉が入っているとは思わないまま、私にカセットテープを渡したのでしょう。
「もう、こんな時間だ!」
「何でうまくいかないの?」
「あ~、もういや!」
など、彼女の嘆きに近い声がいくつも入っていたのです。

ショックでした。
伴奏の録音など簡単だと思っていた私は、彼女に申し訳ない気持ちで一杯でした。