親父が一番頼れる

ココロの架け橋 中野敏治

駆けつけた彼の家の玄関に入ると、その奥から彼の大きな声が聞こえてきました。
すぐに家に上がり、声のする方に行くと、体の大きな彼と取っ組み合っている父親の毅然とした姿がありました。
彼の目には涙でいっぱいでした。
私は、興奮している彼の手を取り、玄関まで引っ張って連れてきました。
「息子さんと話しをさせてください」と、両親に伝え、彼を連れて外に出て、私の車に乗せようと考えました。
彼は素直に私の車に乗りました。
その素直さに、彼は誰かに止めてほしかったのだと感じました。

しばらく車で走りました。
運転しながら「おい、どうする?」という私の言葉に、彼は「うん」と小さな声でうなずきました。
親とのトラブルの原因など私にも彼にも、どうでもよかったのです。
彼の涙は、自分が親に手を出したことに対して、自分を責めている涙なのです。
「帰ろうか?」
「うん」
「謝れるか?」
「うん」
こんな会話だけで彼を家まで送りました。
玄関には、彼を迎えるように両親が立っていました。
彼は小さな声で「ごめん」と父親に言いました。
両親は安堵した顔でしたが、「声が小さいよ~」と、おどけて私が彼に声をかけると、彼は照れ笑いをしながら大きな声で「おやじ、ごめん」と言い、そのまま恥ずかしそうに自分の部屋に走り込みました。

彼が成人してから、時々彼と同じ学年の生徒と一緒にお酒を飲んでいます。
ある日、彼が飲みながら同級生に父親のことを話しているのです。
いろいろなことで悩んでいる同級生にこう言いました。
「親父に何でも話して見ろよ、意外と親父って頼りになるぜ。俺は今、親父が一番頼れるよ」