美しく死ぬ

ガンになった緩和ケア医が語る 関本剛

私は今、自分の置かれた客観的状況について、次の事実を認めなければならない。
悲観や楽観を排除した上でほぼ確実にいえることは、私の病気が今後、完全に治癒する可能性はなく、間違いなくこのガンによって私は死に至るということである。
生存期間中央値のデータから、この1~2年以内にも、その時がやって来る可能性がある。
原発巣である肺がんよりも、手術では除去できない転移した脳の腫瘍がやっかいだ。
私がもっとも恐れるのは、複数の脳腫瘍が今後大きくなったとき、性格の急激な変化や意識障害の発生など、自分が自分でなくなってしまうような状況に陥ることである。

自分自身がガンの宣告を受けた後、やはりガンに罹患していた70代の女性の患者さんにこう伝えた。
「いたずらに寝たきりの時期が長引いてしまうタイプの慢性期疾患などもありますが、それと比べるとガンの患者さんは最期まで人間らしい生活を送ることも可能です。治療の方針も、自分で選択することができますよ」
すると、その女性はこう語った。
「先生、私もそう思います。他の病気より、ガンで良かったかもしれません。ただ私の希望はひとつだけ、美しく死にたいのです」

この女性は、ある日の午前2時、自宅で家族に見守られながら静かに息を引きとった。
深夜、連絡を受けて自宅に伺った際、ご家族がしみじみとこう語ってくれた。
「先生、夜中にありがとうございました。ほんとうに穏やかな最期でした。自宅でも、こんなに楽に死ぬことができるんですね」
その時、私はこの女性が「美しく死ぬ」という最期の目標を、しっかりと実現したことを知った。