生き方の参考になる何かを残しておきたい

ガンになった緩和ケア医が語る 関本剛

緩和ケア医は、1人の患者さんと長く対話する。
どんな人生を過ごし、どんなシーンが記憶に残っていて、これから何をしておきたいか。
何時間、患者さんによっては何十時間と話をして関係を築いていく。
そこには看取りの仕事の本質が凝縮されているといっていい。
だが、次のことには注意しなければならない。
それは対話だけではどうしても伝えられない、伝わりにくいことがあるということである。
たとえば、100の言葉よりも、たった1枚の絵や写真、音楽が人の心を動かすことはよくある。

会話、対話というのは1つの有力なコミュニケーションであるが、基本的には歴史の中に定着するものではなく、人々の記憶の中のみに残されていくものである。
その点、手紙や何かに書かれたメッセージ、音声、動画といった記憶されたものは、時間の経過に対抗することができる。
私は、過去に書かれた書物が、どれだけ今を生きる多くの患者さんの心の支えになっているかをよく知っている。
直接医師から「こうですよ、ああですよ」と言われても、素直にそれを受け止められないケースもある。
しかし、本や雑誌に書かれていることだと、冷静に、客観的にそれを受け入れることができる。

私は、1人でも多くのガン患者さんにとって役に立つ、生き方の参考になる具体的な何かを残しておきたい。
その気持ちが、これからの時間を生きる上で大きなモチベーションになると信じている。