生きる 16

死は何故怖いのか?
大きく分けて3つの要因がありそうです。
1-死に至るまでの恐怖
2-自分がいなくなることによって生じる問題
3-自分が消滅するという恐怖

死に至るまでの恐怖とは、死ぬまでにどんな「苦しみや痛み」が待ち受けているのだろう?というものです。
国立がんセンターが、一般の方向けに作成しているサイトの中に、「ガンに伴う痛みの多くは、鎮痛剤を適切に使うことで癒すことができること、苦痛を和らげるための緩和医療が進歩してきている」ことなどが書かれています。
さらに緩和医療の対象ががん以外の疾患にも広がり、身体の辛さを和らげる治療を受けられるようになってきているようです。
何も知識がないと、頭の中は悲観的な想像で一杯になってしまいますが、正しい知識を得ることで精神的な苦痛から解放されます。

自分がいなくなることで生じる問題とは、「家族が経済的に困る」とか、「成し遂げようとする仕事が未完成で終わってしまう」とか、「仲たがいしていた家族、友人と仲直りしないまま別れなければならない」というようなことです。
自分の命に限りがあるということを実感すると、このような問題に真正面から取り組まなければならなくなります。
死は、必ずしも負の側面だけでなく、「先送りしていた問題に取り組もうとする」正の側面も大きいと思います。

自分が消滅する恐怖とは、おそらく自分の記憶(存在)がなくなる事への恐怖でしょうか。
確かに自分が生まれてくる前には、138億年という宇宙の歴史があったのですが、その記憶や苦しみを今は覚えていません。
そういう意味で、死後のことは心配しなくてもいいのでしょう。
死は「大切な人との別れ」ですから、良い別れをするための相応の準備をすることで、心は穏やかになることでしょう。

その決意をさせてくれるのは、自分の生命の限界を知ったときではないでしょうか。
そう考えると、「ぽっくり逝く」よりかは、人生のフィナーレのために、きちんと準備をする時間があることの方が重要のように思えます。
そういう意味で、多くの賢人が仰っているように「ガンという死に方は悪くない」と思えるのです。

こうして考えていきますと「死」を普段から考えておくことは、誰にとっても大切なことだと分かります。
来るべき死への心の準備ができますし、「限りある生」を意識することで、毎日を大切に生きようと思うからです。

多くの人は「死」について考えないようにしているようですが、100%、死に直面するときは来ます。
その時に頭が真っ白で何も考えられず、パニックになるよりかは、日常的に死を意識することで、今の生き方を充実させるほうが賢明に思えるのです。

生きるシリーズ終わり