父の愛情

投稿から

親父が亡くなったのは、私が就職する年でした。
あまり自分のことを語らない人でした。
火葬場から昇る煙が、曇った空に溶けていくようでした。
その煙とともに、私の中の何かがスーッと消えていく気がしました。

その後結婚し、子供を持ちましたが父を思い出すことはありませんでした。
息子が四歳にななる秋でした。
久しぶりに子供と一緒に風呂に入りました。
息子の身体をタオルで拭き、風邪でもひかないように水滴が残っていないことを確認します。
そして最後に「よしっ」と言って、尻を一つ叩きました。
そのときでした、思い出したのです。

父は一つ下の弟と私を毎日風呂に入れてくれました。
長湯をしたのち、私たち兄弟の身体を入念に拭き、最後に「よしっ」と言って、尻を一つ叩くのが常でした。
父の許可が下りると、競って着替えを準備して待つ母の元へ走りました。
少しでも早く、母の元へ行きたいのですが十分身体を拭いてからでないと許されませんでした。
私たち兄弟は、はやる気持ちを抑えて、父の拭くがままにまかせていました。

その幼い時の記憶が、父の愛情が、衝撃となって蘇ったのです。
我が子の尻を叩く時の、やさしい父の眼差しが目に浮かびました。
我知らず、父と同じしぐさをする自分に驚きました。
自分の子を思う気持ちを通して、初めて父が注いでくれた愛情を知ったのです。
「おかあさ~ん」と大きな声を上げ、妻の元へ走る息子は、幼き日の私の姿です。
湯船につかりながら、涙が止まらなくなりました。
父が死んで、初めて泣きました。
声を殺して泣きました。
涙がお湯の中に落ちては、消えていきました。