温かい牛乳瓶と母との思い出

親のこころから 63歳女性

春浅い四十数年前のことです。
集団就職で一両編成の列車に乗るために、母が駅まで見送りに来てくれました。
小さな駅舎の中で、ストーブの上に置かれたやかんの中に、牛乳瓶を入れて売っていました。
母は数枚の十円玉を、用意していたかのように、さっと財布の中から出し、買って渡してくれました。
「列車が来ないうちに早く飲んで。全部飲むんだよ」と念を押しました。
牛乳を買わなかったら、このお金で母は家までバスに乗って帰ることができるのにと、思いつつ、半分の牛乳を母に飲ませたい気持ちでしたが、私が全部飲んだら、きっと母は思い残すことなく私を送り出したという気持ちで帰れると思い、一気に飲みました。
空になった瓶をぎゅっと握りしめて、冷たい手を温めて店に戻しました。
一本の牛乳と母との別れ、財布の中に残った十円玉、那須の山々の残雪とふるさとを後にした思い出が、牛乳を見るたびに、鮮明に思い出されるのです。