毅然とした教育

ココロの架け橋 中野敏治

床屋さんが彼に「いいの?切るよ」と声をかけました。
小さな声で「うん」とうなずく彼の頬から涙が落ちました。
電気バリカンの音が、部屋いっぱい響きました。
彼の髪はどんどん短くなっていきました。
わずかな時間で短髪になった彼は、なぜかさわやかに感じました。
彼のほほには、流れた涙の跡だけが残っていました。
父親はわが子に「これで生まれ変われ、これで生まれ変わるんだぞ!」と涙声で彼に伝えているのです。

それから10年以上が経ちました。
彼は社会人になっていました。
偶然デパートで彼に会いました。
「先生、久しぶり。俺のこと覚えている?」と元気に声をかけてきました。
「忘れるはずがないだろう」と彼に言葉を返しました。
彼の隣には女の子がいました。
その女の子と目が合うと、彼は「先生、俺の彼女だよ」とその女の子を私に紹介してくれました。
「○○の担任の先生ですか? 中学校の頃、本当に迷惑をかけたと聞いています。お父さんにも迷惑をかけたから、親孝行したいって、彼ったらよく話すんですよ。本当に悪い子だったんでしょう?」と、その女の子が話している横で、彼は「余計なことを言うな」と照れ笑いをしながら彼女に言葉をかけているのです。

彼は成人しても、中学時代の父親の毅然とした態度に感謝しているのです。