暗証番号

高校を卒業して間もない頃、付き合っている女の子がいた。
それほど好きというわけじゃなかったが、あの頃は流されやすい時期だった。
僕は何となく、その子と付き合うことになり3か月くらいして別れた。
以来、彼女のことを思い出すことはほとんどなかった。

だが10年ほど経ったある日、僕たちは偶然町で再会した。
いい加減な気持ちで付き合っていた自分に負い目を感じていた僕は、彼女に対してどう振舞えばいいのか分からなかった。
知らんぷりしようかとも思ったが、そんな僕に彼女は笑顔で話しかけてきてくれた。
「ねえ、久しぶり。もうすぐ誕生日だよね?」

「えっ?」
確かに僕の誕生日はあさってだった。
「覚えていてくれたの?」
「銀行のカード・・・」と彼女は言った。
僕と付き合っていた時期、丁度就職が決まって、彼女は銀行のカードを作らなきゃいけなかった。
その時の暗証番号を僕の誕生日にしたらしい。
「絶対に安全だと思って、今日まで変えてなかったの」

その瞬間、彼女が10年前より輝いて見えた。
お茶でも行こうかと思ったら、彼女の左手の薬指には指輪が光っていた。
「会えてよかったよ。あの時はごめん。元気でね・・」
「うん、あなたも元気で・・」
握手をして彼女と別れた。
切なく、甘酸っぱい香りがした。