時々、今日が人生最後の日だと想像してみる

今日が人生最後の日だと思って生きなさい 小澤竹俊

地震や火事といった災害に遭遇したとき、何らかの事件に巻き込まれたとき、自分あるいは家族が大病や大けがをしたとき、人生最後の日を意識したとき、人は否応なく、非日常の世界に連れていかれ、それまでの日常を振り返ります。
そしてようやく、自分が多くのものを手にしていたことに気づき、感謝するようになるのです。

そう考えると、常に、今日が人生最後の日だという意識を持つことで、日々の生活を大切にできそうな気がしますが、残念ながらそれは簡単なことではありません。
人が、非日常を抱えながら日常を生きることは、ほぼ不可能なのです。

年老いた親が病気になり、余命いくばくもないと知ったとき、多くの人は必死で介護するはずです。
しかし、それが10年も20年も続いたらどうでしょう。
最初の頃と同じように、全身全霊をこめて、献身的に介護にあたることができるでしょうか。

非日常というのは、とても過酷で疲れるものです。
だからこそ人は、非日常が長く続くと、自分の心身を守るために、非日常を忘れよう、日常に戻ろうとします。
死というものを意識しながら生活し続けるのが難しいのもそのためであり、常に緊張を持って毎日を生きるというのは、あまり現実的ではありません。

もし毎日の生活を「つまらない」と感じているなら、時々でかまいませんから、今日が人生最後の日だと想像し、非日常の視点から日常を眺めてみましょう。
食事がとれること、布団でぐっすり眠れること、大事な人といつでも会えること、電気やガスや水道が使えること。
特別なことはなくとも、普段当たり前に過ごしている日常が、いかに輝きに満ちた、かけがいのないものであるかが分かるはずです。