映画「生きる」 2

「どうしたんです、お父さん」息子は驚いて声をかける。
「父はしばらく黙っていたが「何でもない、何でもない・・・」とつぶやきながら、部屋を出て行ってしまう。
「用事があるなら言やあいいのになあ。いい年して、ふてくされることはないよ」息子も面白くない。
「ねえ、やめて、そんな怖い顔。お父さんのことは、もうたくさん。お父さんはお父さん、私たちは私たち・・・」
嫁は息子に抱き着く。

寒々とした家の中で、ただ息子の帰りを待っていた父親。
自分の気持ちを分かってくれるのは我が子のみ、とすがるような思いだったに違いない。
しかし、夫婦の喜びしか頭にない息子には、何も言えなかった。
1階の自室で暗い心に怯える父。
二階の息子の部屋からはレコードが聞こえてくる。
明るいテンポの音楽が、より一層父の心を孤独にしていく。
亡き妻の写真を見つめていると、この二十数年間のできごとが、次々と脳裏に浮かんでくる。

妻の葬儀の日、霊柩車を追っかけ「早く、早く、おかあちゃんが行っちゃうよ~」と泣いていた息子。
「この子のために生きよう!」と心に誓ったあの日。
「子供なんて一人前になってみろ、親の思うほど親のことなんか考えてくれやしない。嫁でも貰って見ろ。煙ったがられるだけさ」周りからは、よくこんなことを言われた。

親として、子に恩を売るつもりはないが、この空しさをどうしたらいいのだろう。
子供が少し具合が悪くなっただけで、親は自分のこと以上に子を心配する。
しかし、親が末期ガンでやせ細っているのに、子供はそれに気づかない。
父は耐えきれず、布団の中で泣くしかなかった。
「三十年間無欠勤」の表彰状が、上から父を見つめている。