少しでも苦手をなくしたくて

ココロの架け橋 中野敏治

中学校である男子生徒の学級担任をしていたときのことです。
入学当初からとても体が大きく、やや動きが遅い生徒がいました。
気立てはやさしく、何を言われてもニコニコしている生徒でした。
彼は運動が苦手でしたが、部活動は運動部に入り、みんなと一緒に一生懸命に活動をしていました。
しかし、一緒の練習ではみんなに中々ついていけず、汗をびっしょりかき、すぐに座り込んでしまいます。
彼は入部するときに「僕は運動が苦手だから、運動部に入って少しでも苦手なものをなくしたいんだ」と言っていました。

ある日、クラスの生徒たちの体育の授業がグランドで行われていました。
長距離の練習をしているようでした。
生徒がどんどんゴールしていく中で、何周も遅れて走っている1人の生徒がいました。
体の大きな彼でした。
汗びっしょりで、遠くから見ると歩いているようにさえ見えました。
彼の姿は、誰が見ていようと、何を言われようと、あきらめることなく、1歩1歩ひたすらに前に進もうとしているようでした。

先にゴールした生徒が彼に声援を送ります。
その声援の前を彼は通り過ぎ、最後の一周を走り出しました。
次の瞬間です。
1人の生徒が走り出し、彼を追いかけ始めたのです。
その生徒に続くように、クラスの生徒全員が彼を追いかけました。
そして、彼に追いつくと彼を中心にみんなが一緒に走り始めたのです。
もうゴールには誰もいません。
彼の周りを一緒に走っているクラスメートが「あと少しだよ」「もうすぐゴールだよ」「がんばれ!がんばれ!」と、彼に大きな声をかけながら走っているのです。