子供を30年間探し続けた 4

「この近くには、みすぼらしい老女が一人いるだけですが・・・」
「かまわぬ、その方をこれへ」
老母は恐る恐る前へ出てきた。
良弁はやさしく語りかける。
「この紙を貼った人を見ませんでしたか?」
「それは・・・・恐れながら私でございます」
驚いた良弁、「私もワシにさらわれた子供の一人です。詳しく聞かせてください」と、尋ねずにはおれなかった。
老母は、30年間、どんな気持ちで諸国を歩き、我が子を探し続けたかを切々と語りだした。
子を思う親心に、聞く者、みな、涙せずにはおられない。
良弁は言った。「親子の証になるような品を、持っていらっしゃいませんか?」
老母は首を振り、「今となっては何もございません。ただ、あの子の衣に、夫が主君から拝領した錦で縫った袋をつけてありました。特徴がございますので、見れば分かります」
ハッとする良弁。大事にしてきた布を取り出した。
「もしや、今言われた錦とはこれではあるまいか。ワシに連れられてきた時に、身につけていたものの一部です」
一目見るなり老母は、「あっ、これです。間違いありません。この錦の布を縫ったのは私です。・・・・ということは、良弁大僧正様が光丸・・・」
「おお、あなたが私の母上・・・・」

見つめあう顔からは、はらはらと涙が流れ、抱き合って親子の名乗りを上げるのであった。
「ああ、申し訳ありません。長い長い年月、私がお母様を苦しめ続けたのです。旅の途中で食べるものがなく、ひもじい思いをされたことが、どれだけあったことか。宿にも泊まれず、冷え切った山野で夜露をしのいでおられる姿を思いうかべるだけで、胸が張り裂けそうです。よくぞ30年間も、私を見捨てずにいてくださいました。お母様が、遠くから念じていてくだされたからこそ、奇跡的に助かり、無事に私は成人できたのです。知らなかったとはいえ、どうぞお許しください」

両手をついて、詫びる良弁。
付き従う人もみな、もらい泣きし、老母を労わって輿に乗せ、東大寺に向かうのであった。