夜道を一人で

親のこころより 75歳男性の投稿

父は、私が通っていた小学校の校長でした。父も私も、毎日小さな峠のある6キロの道を通っていました。
ある日、学校帰りに、父から
「これは大切な手紙だから忘れず、必ず届けるのだよ」
と念を押されて、Aさんの家に手紙を届けるように頼まれました。
しかし、私は友達とワイワイしているうちに、手紙のことはすっかり忘れてしまいました。

夜になって帰宅した父から確認されて、手紙を届けてこなかったことに気づきました。
父は険しい口調で「これから手紙を届けてきなさい」と言いました。
峠の夜道を6キロ、一人ではとても怖かったけれども、行くしかありませんでした。
明日の朝でもいいではないか、と父を恨みました。

長い間、心の中で渦巻いていた父への恨みを、30歳を過ぎてから母に話しました。
すると母から、その時の父のことを細かく聞くことができました。
私が手紙を届けに出かけると、父は見え隠れして後をつけて、ずーっと一緒だったとのことでした。
私はこの時、初めて「本当の父」を知った思いでした。

もちろん、父には何も言いませんでした。
私はこのことを通して、父の厳しさとやさしさを知ることができました。
長い間、父を恨んでいた自分を恥ずかしく、居ても経ってもいられない思いでした。

私も、小学校の校長になり、定年退職しましたが、父から教えられたこの厳しさとやさしさとを「心の糧」として、その職に当たってきました。
75歳になった今も、このことは忘れることができず、父と共に私の心の中に生きています。