医者になった動機

いのちの言葉 精神科医 なだいなだ

医者をやめようかと思っていると、山口先生という方に「やぶ医者になれ」と言われたのです。
「やぶ医者なんて、世の中に害毒を流すんじゃないですか」と言ったら、「そんなことはない。やぶ医者はやぶ医者が診るべき患者を診ていればよろしい」と言うのです。
「大学で教わったことは、名医になるためのものだから、みんな忘れてよろしい」と。
「では、どうすればいいですか?」と聞くと、「物事は単純に見ろ」と言われました。
「お前の所に来る患者は3種類しかいない。放っとけば死ぬ患者と、放っとけば治ってしまう患者と、治りもしない死にもしない、この3種類だ」
さらに、「見分けるにはどうすればいいんですか?」と聞くと、「簡単なことだ。勘で分かる。放っておけば死ぬのだけは勘で分かる。死にそうでないのが少し混じっていてもかまわない。ともかく、偉い先生の所に送ってしまえ。それで、お前の責任は果たせる。残りはお前が診ろ。それが、世の中のためになることなんだ」と言われたのです。
「どうして世の中のためになるのですか?」と聞くと、「偉い先生の所に、お前が診るような患者が押し掛けて、仕事を邪魔しないようにするのがお前の務めだ。飲み過ぎたとか、食い過ぎたとか、自分の不摂生で病気になった人間が、山のように名医の所に押し寄せたら、名医だって名医でいられなくなる。だから、そういう患者はお前が抑えておくんだ」

「うん、なるほど。それなら俺にもできる」と医者になったのです。