兄がくれた腕時計 1

私は4つ上の兄といつもケンカばかりしていた。
と言っても、いつも熱くなっていたのは私だけ。
私がどんな嫌な言葉を吐いても、兄はのらりくらりとかわす。
「せかせかしなさんなって。ゆっくり時間をかけよう・・」というのが兄の口癖。
兄は良く言えばおおらかな、悪く言えば呑気すぎる性格で、何事も手際よくさっさとこなしたい私とかみ合わず、イライラさせられていた。
「誰に似たのかしらねえ」母はそんなことを言うが、言うまでもないことだ。
私はバリバリの営業マンである父に似て、兄は「誰に似たのかしらねえ」なんて呑気なことを言う母に似たのだ。

そんな兄がどういう風の吹き回しか、たった一度だけ私に誕生日プレゼントをくれたことがある。
私が高校に入学した年のことだった。
誕生日の朝、「今日は誕生日じゃなかったっけ? ほら、プレゼント」といきなり小さな箱をポンとよこしてきた。

兄の意外な行動に私はびっくりしながらも「ありがとう」と素直に受け取った。
箱を開けてみると、中身は見るからに安物のデジタル腕時計だった。
見た目も名前も完全にGショックの偽物。
今時こんな時計、千円もしないだろう。
もしかしたら、ゲームセンターのクレーンゲームで取った景品かもしれない。
兄の気まぐれなプレゼントなんかに期待はしていなかったけど、ふと別のことに思い当たった。
「ほら、そうせかせかしなさんなって・・」こないだのケンカの時もそう言っていた。
時計なんかよこしておいて、きっとこれは私への当てつけに違いない。

そんな兄との別れは1年後、突然やってきた。
ぼんやり授業を受けていたとき、血相を変えた先生が教室に飛び込んできて、私は訳も分からないまま職員室に連れていかれ、そこで聞いたのは”バイク事故を起こした兄が、たった今搬送先の病院で亡くなった”という知らせだった。