下座に生きる 1

下座に生きる 致知出版より

京都山科に一燈園という修養団体があります。
西田天香さんが、家々を回り、便所掃除をし、うかつに生きていることをお詫びして回ったことから始まった集まりだそうです。
天香さんのお弟子さんに三上和志さんという方がいました。
ある日、三上さんはある病院に招かれて講話を行いました。
ホールには患者さんや看護師さん、検査技師や医療事務員が詰めかけて話しを聞きました。
とてもいい話しで、涙を誘う話しだったそうです。

講話が終わり三上さんが院長室に戻ると、院長がいたく感動して、お願いがあると言います。
「何ですか?」と尋ねると、院長は切り出しました。
「実はこの病院に少年院から預かっている18歳になる結核患者がいます。容態は悪くあと10日持つかという状態です。この少年に三上さんの話しを聞かせてやりたいのです。ただ問題なのは、両親もなく身寄りもなく、非常にひねくれていて、三上さんの話しを素直に聞いてくれるかどうかは分かりません。重体で、病室から一歩も出られないので、こちらから出向くしかないのですが、今日のような話しを20分でも30分でも聞かせてやりたいのです。少しでも素直な気持ちになってくれれば・・・」
そう聞いて三上さんは躊躇しました。
「ちょっと話したくらいで素直になるでしょうか。そうは思えませんが?」
「確かにそういう懸念はありますが、仮に素直にならないでも、もともとです・・」
そう言われると断ることもできません。話しをしてみることにしました。
では支度をと言って、院長は大きなマスクと白い上着を渡してくれました。
「付けなくてはいけませんか?」三上さんは聞きました。
ひねくれてしまっている少年の心を動かそうとするものが、白い上着を着て、マスク越しに恐る恐る話しをしても通じまい、と三上さんは思ったのです。