ステージ4のガンと判明して

ガンになった緩和ケア医が語る 関本剛

自分がステージ4の肺がんであると判明した当初、私の心は日々揺れ動いた。
すぐにその現実を受け止められたわけではない。
「なってしまったものは仕方ない」という気持ちもあれば、「まさか還暦どころか、50歳にも程遠い年齢で治らない状態で見つかるとは思わなかった」という思いも残る。
自分では腹をくくった気持ちになったつもりでも、実際はそうではなかったことが後から分かったりもする。

しかし、多くの患者さんを看取ってきた緩和ケア医として、症状緩和に関しては地域におけるトップランナーの1人のつもりという自負が、私自身に「いまこそ自分自身で集大成を見せろ」と語りかけてくる。
これまでさんざん、患者さん達に説明してきた。
「死の直前まで痛みに苦しめられるなんてことは稀ですよ」
そう言ってきた私が、人生の最終段階にさしかかることを畏怖し、それを何とか回避しようとするのはあまりにも滑稽ではないか。
見苦しいことをして「看取ってきた患者さんに笑われたくない」という思いもあった。

これは本心だが、死ぬこと自体に対する恐怖はない。
意識は無となり、さまざまな苦悩から解放されるのだろうとなんとなく思っている。
だからといって早く死にたいとはまったく思わない。
両親や義理の両親、数々の恩師たちを看取るのが私の使命だと思っていたが、逆に看取ってもらうことになりそうで無念でならないし、何よりももっと妻や子どもたちと一緒に過ごしたかった。