やってみないと分からないこともある

いい言葉がいい人生をつくる 斎藤茂太

私は絶対本など書かない、いや書けないと思っていた。
父は文化勲章をいただいた歌人であり、弟は芥川賞を受賞した作家である。
だが、ある時、父茂吉について書いてくれという依頼が舞い込んだ。
茂吉の素顔について書くのは、もっとも身近にいた私が最適の人選であることは確かだった。
だが私には、原稿を書く自信が全くない。
何度もお断りした。
しかし、敵もさるもの、どうあっても引き下がらない。
ついに根負けして書いたのが「茂吉の体臭」だ。
私の処女出版は実に47歳のときだった。

断り続けた原稿書きだったが、書いてみるとこれが、そう嫌いなことではないと分かった。
何より、父のことがずっと身近になってきた。
ここだけの話しだが、私はそれまで、父はあまり好きではなかった。
だが、本を書くために、父の資料を紐解いたり、父の日常をあれこれ思い出しているうちに、父が無上に愛すべき人間であることが分かってきた。

以来40年近く、こうして今も私は楽しみながら本を書いている。
自分にはこれは絶対できないと決めつけてしまう必要はまったくないのである。