ひたむきさは人の心を打つ

人のご縁ででっかく生きろ 中村文昭

この肥川家には、憲一郎君と啓子ちゃんという2人の子どもがいます。
いつもひたむきで、やるといったらとことんやる気骨のある2人です。
ケン君は、かつて甲子園を夢見る野球少年でした。
小柄な体型を克服するために、1日にゆで卵の白身を15個分食べ、野球に詳しい親戚のおじさんがいればコーチを請います。
雨が降ろうが台風が来ようが自主練を欠かさず、素振りで手はマメだらけになっていたそうです。
そんなケン君を、千代乃さんは温かく見守っていました。
練習のため朝は早く、夜は遅い。
昼間の授業は必然的に寝る時間になっていることも承知の上です。
「そこまで打ち込むんだったら、同時に2つのことは求めん」
これが、千代乃さんの方針でした。

しかし、応援する人ばかりではありませんでした。
打撃練習で響き渡る「カキーン」という音に、近所から度々苦情が寄せられるようになってしまったのです。
その都度、千代乃さんは菓子折りを持って謝りに出かけました。
しかし、そこは千代乃さん、ただ菓子折りを届けて謝罪するだけではありません。
「うちの息子の練習、うるさくて本当に申し訳のないことです。でもねえ、親としては息子があそこまで打ち込んでいるものを、やめさせることなんてできない。あの一生懸命は本気です。なるべく迷惑のかからないようにしますから、どうか少し長い目で見てやってもらえないでしょうか」
こんな親の姿を見て、胸を打たれない人は いないでしょう。
それまで「うるさい」と顔をしかめいていたご近所さんが、いつの間にかすっかりケン君のファンになり、「これは良質のたんぱく質だから食べなさい」と、肉を差し入れてくれるなど、苦情が次第に応援に変わっていったといいます。