ちょとした機転

しあわせトリック おかのきんや

私が小学5年生の頃、家庭科で紅茶の飲み方という授業がありました。
その頃、紅茶はまだ贅沢な飲み物でした。
授業の前日、担任の先生が「明日は、紅茶茶碗と受け皿、スプーンを持ってきてください」とみんなに言いました。

家に帰り、そのことを母に話すと、「紅茶茶碗なんてないから、これ持っていきなさい」と、ご飯茶碗を渡されました。
ほんとうは、ティーカップを買ってほしかったのですが、うちにはそんな余裕がないことは、子ども心にも痛いほど分かっています。

家庭科の授業が始まりました。
みんなのティーカップにも、私のご飯茶碗にも熱い紅茶が注がれます。
私の心には、情けなさが広がります。

「じゃあ、まずティーカップの持ち手を左側に回してください」
クラスのみんなが、先生の指示に従います。
でも、私の茶碗には取っ手がありません。
右にも左にも回しようがないのです。
戸惑っている私に、先生が近づいてきました。
「あっ、岡野君、丁度良かったわ。ついでにお抹茶のお作法をみんなに教えられるわ」
先生は、茶道の説明を始めました。「茶碗を左手に乗せ、右手を添え、時計回りに二度回します。それから静かに味わいながらいただきます。飲み終わったあと、茶碗をもとにあったように反時計回りに二度戻します」

先生の機転が、小学生の私を救ってくれたのです。