「幸せ」を買えたら楽なのに

「これが幸せ」というモノは売っていません。
「幸せ」というモノが存在しないのに、なぜ「幸せ」という言葉があるのでしょう。
それは「幸せ」という現象があるからです。
自分が「幸せ」と思った瞬間に、その人にとってのみ「幸せな現象」になるということです。
「幸せ」という現象が存在するのは、自分がそう感じたときだけです。
ゆえに、「幸せ」を感じやすくなるためにはどうしたらよいのかが問われるのです。

目が見える幸せ・耳が聞こえる幸せ・言葉を話せる幸せ・ものを掴める幸せ・食べられる幸せなど、もしこれらが無くなったらとても辛く、困ることを箇条書きにしてみます。
自分にとっての常識や基準は尊重してもいいですが、その基準を人に押し付けないようにします。

ある人が始業時間を30分遅刻して来ました。
あなたが上司だったら、その部下を怒るでしょうか。
実はその人は、前夜に母が倒れ、救急車で病院に運び、ずっと付き添って入院させ、朝に帰ってきて一睡もしない状態で息を切らせながら、やっと会社についたのかもしれません。

自分は、どんなことがあっても遅刻はしないという基準を持っている人には、遅刻は許せないことかもしれません。
その人にとっての「基準」を変えることはしなくてもいいですが、その価値観を他の人に当てはめることはよくない場合もあります。

私は正しいという信念は、あくまでも自分を律するという意味で、実践していけばいいのだと思います。